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西日本豪雨災害に直面して思う事
2018/08/04 03:25 | 私の日常 | C:0 | T: 0
西日本豪雨災害は広範囲にツメ跡を残し、たくさんの犠牲者の方がおり、いまだほとんどの被害者の方は日常生活に戻れていません。
犠牲者の方々のご冥福を心よりお祈りいたします。
また、被災され大変な思いをされている方達には心よりお見舞い申し上げます。

私の住んでいる地域、知人、友人のいる地域は相当被害が重いところもあり、体力のない自分も何とかお手伝いをしようとできることをしています。
周りの方達の思いやりや実行力はたいしたもので、被災者の方々を確実に元気づけていると思います。

被災って、物質的、金銭的なダメージと、精神的なダメージとあって、「ボランティアや友人知人、地域のネットワークで解決できる問題は後者であることが多い」と感じています。
東日本大震災などの他の災害を思い起こしても感じることですが、被災に占める精神的ダメージってかなり大きくて、生活がめためたになって茫然として冷静に考えられる状態にない被災者の方々を救えるのは、以前よりつながりのある地域の力であると痛感しています。その暖かさ、精神的に支えられることがどんなに大事か、痛感します。

同時に、私が切に今感じていることを書きます。

◆国がだめだってこと。
水害にあったその時に、助けてくれと連絡しても、いろんな事情で救助が来ない(そんな状況でたくさんの方が亡くなりました)、自分は家族とともに死ぬかもしれない、そういうすさまじい状況で、やれあの町、市の防災体制はどうだからなんて、そんな問題をつついても解決なんかできない、そんなときにどうにかできる判断なんて、国、県のレベルじゃなきゃどうにもならない。
国がどれだけだめかってこと。
結局命を救ったのが民間人の自分の命を危険に晒した救助行為で、プロは? 救助のための機材は? 一体その時どうしていたの?
他の所に使うお金はたんまりあるんだから、その水害がある地域に、人材と機材と指示があれば失われないで済んだ人命はたくさんあったと思える状況だ。
こんなの国の怠慢による殺人だと思う。
いったいこんな恐ろしい思いをして人が死んでいっている間に、そういう人たちから税金をむしり取ってきた国の責任ある人達は7/6~7に何していたんだよ!
正に人が溺れ死んでいた時に!!!
水に沈んだら、「2~3日したら助けに行きます」じゃ済まないんだよ!!!
どうか被災地の方々はこんな国じゃこれからも天災から人の命を守れないってことをもっと自覚してほしい!!!
そういう事をしっかりやるために普段税金を払ってきたんじゃないの?


◆ボランティアじゃどうにもならない
被災した知人にお手伝いを申し出ても、「かえって二次災害が危険なのでできることはないです」と言われてしまうことがある。
私は体力もないし、重機も使えないし、あそこまでひどい災害だと素人の出番は無い。
被災者は被災者で、家族の面倒や手続き、仕事や生活の復旧に忙しく、誰に何を頼んだらもっとうまくいくだろうなどと知人の采配を考える余裕も無い。
「ボランティアがもっといたらいい」というボランティアは、相当体力のある人達のことを指す。
そんな人、全人口の中のほんの一部だ。
たいていそういう人たちは普段から忙しいので平日にボラなんて絶対無理、休日に行くのはかなり負担をかける。
ボラの内容も、「重機があったらもっと楽なのでは?」ってこともあり、なんでこれをこんなつらい状況で、重機無しで手作業でやる?って思うこともある。
水の復旧、水圧がある事、それだけでもものすごく復旧は進む。それはボラじゃどうしようもない!!!
水、下水が戻らないと手伝いにも入れない、それがすごく遅い。
国、県の力がたらない分を、重機無しで民間人が補っているという状態に見える。
むしろこんなに「ボランティアがたりません」って宣伝して、元気な人たちを疲れさせ続けたら回っているところさえ疲弊するんじゃないかと思う。


◆この状態で原発(核施設)が事故っていたらどうなったか考えてほしい。東日本大震災では原発が爆発して、下のような問題が並行してあった。

①放射能があって救助に行けない。放射能汚染がひどい地域には救助の人が入れない。福島原発事故では救助に入る人は被ばく覚悟だった。

②飲み水が制約された。(広範囲に放射性ヨウ素が出て水道水が汚染されたので、ペットボドルが売り切れて、乳児のいる家庭では他の災害が無くても給水車) 結果的に、親戚の乳児のいる家庭のためにうちにある水は全部差し出しました。自分たちの飲む分は無くなった。水の汚染は相当長く続いた。

③マスクが売り切れた。マスクする必要があるなんてほとんどアナウンスされていなかった(むしろ要らないと言われていた)、にもかかわらず、しばらく店頭から消えた。

④安全な食べ物がわからない。 災害直後に、地場産の特産品が基準値を超えた放射性物質が検出されて出荷規制を受けた。地震、水害などの被害があって、更に水害などの被害を直接受けていない食べ物まで食べることができなくなった。

⑤国が言っていることが信用できない。 放射能汚染について、原発が爆発した直後に今までは危険とされていたものが急に「大丈夫」になって、子供まで汚染のある地域で運動しても良くなった。とにかく何でも「風評被害」になり、事故ったからと言って人が急に強くなるわけじゃなし、おかしいことの連続!!! 事故ったからといって放射性物質で汚染されたごみを一般ごみと混ぜて焼却したりセメントに混ぜて出荷してみたり、公共工事に使ったり、安全と言い張っていろんなところにばらまこうとする国の態度は全く信用できなかった。

⑥事故っても責任取らないってこと 今の状況を見たらわかること。

⑦環境汚染なんて見向きもしない 今の福島の汚染水放出、計画性の無さを見ればわかること。「風評被害」って言って人のせいにすることしかしない。

原発や核施設の事故は、水害にからめて起こるんだってことをどうか忘れないでもらいたいです!!!水害で電源が喪失したらそれがもとで事故になってしまうんだってこと。
人命救助や復旧で忙しい中、更に放射能漏れがあったら、沢山の人が被曝してしまうんだってこと。
そして、放射性物質は目に見えない、色も無い、匂いも味も無いから、どれだけ被ばくしても気付かない、どれだけ被ばくしたか後で全くわからない、緊急時にそんなことを調べる能力も無いんだってこと。むしろわからなくさせられること。つまり都合よくうやむやにされてしまうってこと。

今回みたいに豪雨の災害があった時に、もし核施設で事故が起こったら、泣き面に蜂どころかその地域がまるまる居住不可能になってしまうんだよ!!! 福島事故を見ていたらそれはわかると思う。
今もまだ帰れない人がたくさんいるってこと、まだたくさんの汚染が残っていてあと何十年、何百年かかるかわからない(恐らくそれでも無理)ってこと。

私は犠牲者の方達には本当に気の毒で言葉も無いけれど。
今回核事故が無かったから不幸中の幸いだったと思っています。
防災の見直しをしてほしい。
もし核関係が事故ったら200~300kmの距離まで充分影響があるってこと。
福島の事故で、千葉県、東京都のあたりまで普通にたくさんの土壌汚染、出荷規制が出たんです。今でも続いている。

絶対に町とか市とかの小さな地域での防災対応だけじゃだめなんです!!!
国を何とかしなきゃだめなんです。


私の周りの方達、防災に一生懸命になって下さっていてすごく素晴らしいけど、ほとんどの方が、「市」に依存しすぎていて怖い!!!
どの市に住んでいるかで防災の対応が違うなんて、命にかかわる事なのにおかしいでしょ!!!
下手をするとそれは、国のだめさ加減を隠す目くらましだよ!
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年が明けました。
2018/01/03 02:45 | 私の日常 | C:2 | T: 0
新しい年が明けました。
去年と何が変わったかといえば何も変わりません。
親戚や家族と少しのごちそうを食べて、健康でいられることに感謝して。

自分は何も変わらないんだ、ということについて覚悟ができたような気持ちです。
自分がとても幸せだと気づいて、とても嬉しくて、何も隠さずに落ち着いていることをこれからの目標にしようと思いました。

このブログには放射能の問題について主に思うことを書いてきました。

何をどうしたって、人口の放射能は無い方がいいに決まっている、被ばくは体に悪いに決まっているのです。
その大原則を考えればなーんにも悩むことなんかなかったのです。
関東の親戚が次々に病気になったり亡くなったりしていきますが、言う事は言ったのですから悩んでも仕方ありません。

原発事故の後ネットの中に気持ち悪い意見がたくさん、うようよ出てきました。
その気持ち悪さは今でもぞっとするほどです。
被ばくは体に悪いかどうかわからないんだから、健康被害が出るかわからないんだから、気を付けて何が悪いんだ、という意見があったように思いますが。
でもそうじゃなくて、被ばくはしない方がいいに決まっているという事、被ばくが体に悪いのは当たり前で、事故により被曝してしまったなら悪い影響があるのは当たり前なんだということをどうしてもっとはっきり自分は認識してこなかったんだろうと思うのです。

体の調子を崩して、くよくよ悩みました。2011年の原発事故の後に親せきや知人が次々に病気になったり亡くなって(明らかに増えました、しかも若い人が何人も無くなりました)悩みました。
被ばくしたのだから当たり前だったのです。
無駄に悩むことなんてなかった。
家族と大喧嘩して移住して、慣れ親しんだ家や街を離れて。
あんな大事故があったのだから大変なのは当たり前だったのです。
でも体調は良くなりました。
何とかやって行けてます、畑も今年もがんばります、知りあいも増えてきました。
頭もすっきりして記憶力も前より良くなり、勉強もする気になりました。

ああもうあたりまえのことで悩むのはやめよう!!!

行動力の乏しい私ですが、ものすごくがんばりました。
結果的にがんばってよかったと思います!!!

だって、原発が爆発する前に、はるか昔自分が学生の時に学んだこと、被ばくは体に悪いのだ、というあたりまえの考えを貫くことができたんだから。
全力で逃げたんだから。

いろんな人にバカにされましたが、人にバカにされる、ということが、本当に全く気にならなくなりました!!!
人を馬鹿にするという恥ずかしい行為をする人がひたすらかわいそうに思えています。

健康被害が起こるかどうかわからないのだから逃げていい(ってネットではたくさん言われていましたが)、じゃなくて、健康被害は絶対に起こる、あとはどれくらい起こるかの量の問題だった。
そこで、あっちの犠牲よりこっちの犠牲の方が大きい小さい、とかなんとかかんとか、そんな比較や推測にエネルギーを使うばからしさ。
そのエネルギー使用はもともと「無駄」から発生していて。
比較なんかしている暇があったら、全速力で逃げればいい。
健康と、頭の中がクリアーに保てること、これがあればどうにでもなりました。

なんで絶対に健康被害が起こるという発電方法をしながら、つまらないことに電気を使うのでしょう。
つまんない所にライトを付けてピカピカ光らせたり無駄な乗り物を作ったり無くても良い見栄(過剰包装やつまんない挨拶)のためにすぐ捨てる物を作って買わせて捨てて汚して。

もうそんな生活は嫌だから、今の狭い家で野菜を食べる生活が好きです。
できる仕事して昔の服につぎをあてて、靴下につぎをあてて、昔の家具や楽器を大事にして、近所の方が下さる要らない楽器を愛でて、図書館で本を借りて、ジョギングをして、そんなんでいいのです。
健康でいられたら、こんな幸せなことは無いのです。
健康ならちょっと探せば次々と楽しくて自力でできることが見つかるから。

恵まれた日本の自然をぶっ壊して、放射能汚染した廃棄物を国中にばらまこうとしている日本の政府、その政府を支持する日本人が私は大っ嫌いになりました。
目先だけの電気のピカピカに喜んでばんばん自然を汚してつまらない見栄を張る人が嫌い。

年始に知り合いの家で少しテレビを見ました。
くだらない事ばっかりやっていました。
福島原発のことも放射性廃棄物のことも一切出てきませんでした。
テレビは本当に本当にくだらないつまらないことしかやっていませんでした。
しかも年々くだらなさが増しているように感じられます。
捨てて良かったです!

あれを見続けられる人はもう頭がどうかなっているのではないでしょうか。
テレビというメディアが衰退して行くしかないものであることははっきりとわかります。

しかも最近更に日本の自画自賛が加速しているようで気持ち悪いです。

私の感じる現実は、去年海外に行ったとき、タクシーの運転手さんに 「中国に返還されるのは日本だっけ?台湾だっけ?」と言われましたが、、、だいたいの人がそれくらいに思っていると思います。
ともあれ、日本の食べる物(発酵食品など)だけは世界の中で燦然と輝いていることを感じますが。
この様に、放射能汚染のあるところで農業を続けて、更に放射性廃棄物を国中にばらまいている様ではその大切な「食べ物」さえ自分の手で価値を下げているということです。
日本の食べ物の良いところ、作り方などはどんどん海外に流出して海外に良いシェフもいるし、もう日本なんか無くなっちゃったっていいよってそのうちなりますよ。

しかも詩織さん事件で日本の性犯罪に対する考えが異常だってばれちゃったし…自意識過剰でうぬぼれて性犯罪が異常・・・もうひどい状態だと思います。

日本のアーティストの人達は素晴らしい人たちがたくさんいますが、どうも国内ではなく海外の方がそれを認めてくれるし活動しやすいというので優秀な人は出て行ってしまい、海外からの来日についても貧乏で客が来ないからと言って来にくくなって、余計取り残されていくような気がします。

私は、自分が大切だと思ったことを更に大切にしようと思います。
誠実でいようと思います。

今年は更に更新が減りそうな気がしていますが、これを読んでくださった方には良い一年になりますようお祈り申し上げます。
ちょっとブログをお休みしまーす
2017/02/06 23:53 | 私の日常 | T: 0
やっぱり要領が悪く、ぼーっとしてしまったり、なかなか仕事が進まないです。

でも、毎日頑張っています!

元気にしていますのでご心配なく。

やることが多くてそちらに集中するためブログをしばらくお休みします。

2/8追記 ↓この動画、見てほしいです。
https://www.youtube.com/watch?v=0RyuldqfikM
「子どもや家族を守るために逃げた人達に対する何と酷い仕打ちですか」

新年となりました 一年間を大切に過ごします
2017/01/04 14:47 | 私の日常 | C:0 | T: 0
新年となりました。

去年このブログを見て下さった方々には、ありがとうございました。
一度も顔も見たことも無い、逢ったこともお話ししたことも無い方も、見て下さった方にはありがとう。

今年は一年を特に大切にしていきたいという気持ちがありました。
一緒に、一年を発見のある年にしてゆきましょう。

今、庭に出て、去年の春蒔いた野菜が種を落として、自然にたくさんのお野菜が出てきている写真を撮りました。
2017010401

去年の秋は畑の手入れをする時間が無く、秋の種まきがまったくできなかったのですが、自然に種が落ちて、たくさんいろんな、種類の分からない野菜が出て来、(笑)それを毎日むしゃむしゃおいしく食べています。
見かけが悪いから人にはお芋以外はあげてないのだけれど、自然に出てきたものは強いのが生き残ったみたいで、野性的な味なんです。
超特大水菜みたいな…(笑) 店に売ってない!!!
とりたてにかぶりつくと、ピリッとしたアブラナ科特有の香りです、はっと目が覚めます。

今年は正月三が日のうちから自分で企画した小さなイベントをしたりと、楽しいでだしです。
張り切りすぎて、元旦の夜に熱を出しそうになりました、、、体力使い果たして待て待て待て、ゆっくり確実に、どうどうどうと自分をコントロール…

昨夜はどうしても「しぶんぎ座流星群」が見たくて、夜中に外へ出たけど、ちょっと北の空はぼんやりガスっており、一つも見られませんでした。
でも、1/2,1/3には久しぶりに日没後にはきれいな金星と火星と月を見たし、恐ろしいほどの美しさで、気持ちがすっとしました。

新年にあたり、今年を本当に大事にしたい、と思う特別な気持ちでした。
こちらに引っ越してきてもうだいぶたち、知りあいも増え、影響も受け、自分ができることも、見渡せば、小さいぽろぽろしたビー玉がいっぱい転がっているみたいに、見つかるくらいなのです。

私はとっても貧乏になり、そしてどんどん子供っぽくなってしまい、小さな包装紙のきれいな模様を切って貼って何か作ったり、布の端切れを大事にしたり、自然に食べられる植物がどんどん増えたり、お年玉代わりに手作りのハーブティーを親戚に送ったり、毎日語学の勉強するのが嫌じゃなくなったり、本も再び読み始めたりの毎日です。
何故か単語を覚えるスピードも若い時より早いのです。若い時は英単語の暗記なんて大嫌いだったのに。

今年一年でこれからどうやって生きていくかの目標を、足元からつなげてみたいのです。
だから、手作りのスケジュール帳を作って、ここに書けないような、大それた目標を書きました。

今年が終わるときに、その目標をどんな気持ちで眺めることになるのかな~。

ネットで何か言い続けることは無意味じゃない!
2016/12/14 18:00 | 私の日常 | C:0 | T: 0
よく、ネットで愚痴ばかり言う人のことをけなしたり、現実で何かしないでSNSで何か言うだけの人をまるで無力の様に言う意見を見ます。
私は全然そんなこと無いと思います。
むしろ反対。

原発事故の後、どれくらいネット情報に助けられたかわかりません。
信じられない情報も多かったけど、何時間も考えれば、必死に調べればかなりの情報が得られた。
キーワード検索で、上の方に出てくるのはたいてい意味無い。何十個も、それ以上も、キーワードを工夫しながら調べ続けていくと、いろいろ出てくる。
特に助けられたのは 松井英介氏の、論文みたいなしっかりした文章でICRPの被ばく評価法の問題点を載せてくれていたサイトでした。
他のICRPの批判を載せてくれていたサイトや、今の広島長崎原爆の被ばく評価の問題点を載せてくれていたサイトなども。

もしネットが無かったら、自分の周りにこんな情報を知っている人もいなかったし、今はおかしいよと思う私の気持ちは路頭に迷っていた。

そういう検索キーワードが、脱原発デモでふと知り合った見ず知らずの人との会話から得られたこともあるんだ。

それに福島原発事故の直後から、自分は、家族、近所の人、友達などかなりの数の人達に正直に自分の気持ちを伝えており、でもほとんどの人達は嘲笑するだけっていう状態で、西日本に引っ越してからも大体それを繰り返している。
みんな、原発事故の後、周りで東日本の知り合いミュージシャンなど(若い人も)亡くなったり病気が増えたりした、とか、体調が悪くなったけど西日本に来たら治った、とかいう話は、大きな声で言っちゃいけないこと、と、認識するらしい。

そういうことを、西日本のライブハウスの人に普通に話したとき、声を潜めて、「自分もそういう事は十分ある事と思います」と言って同意してくれた。
その時、とても声を潜めていた、っていう事が自分にとって印象深かった。
他、ストレスのせいにされたり、その話を持ち出しただけで、ああまたその話ね、と、薄笑いを浮かべられたり。

やっぱり西日本でも、東日本と同じく、あまり生々しい話は、特に特定の企業が絡むような話は、「好まれる会話」としてはふさわしくないと考えられているようで、そういう話しを始めたとたん、たいていの人は逃げてしまうんだ。
だからと言って止めてはいない。

いつも、機会があれば話そうとしているし、周りをよく見ている。
偽善とか、不安や不満を持つ人のはけ口として、表の世の中に設定されることが許されたイベントには引っかからないようにしている。

現実の世界で言い続けることは生易しいもんじゃない。
そして、ネットで一言でも言っていくこと、言い続けることは、とても力になることだと思っている。

だから、もしこれを読んだ人で、ブログや掲示板で言い続けることが意味無いんじゃないか、って思う人がいたら、私は絶対違うと思っているよ。
日記でした。
原発事故からのがれ東日本から中国地方へ移住。東電、政府、国は事故の責任を取れ!


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