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5年目に思う事
2015/04/07 01:31 | 原発 | C:0 | T: 0
(この記事は、とても正直なものだけど、ちょっと重たい内容でもあるから、苦手な人は読まないでください。)

こんばんは。

少し前に、福島第一原発事故から丸4年が過ぎ、5年目に突入。
その時の気持ちを書こうと思っていました。

結局私の怒りや悲しみは、4年経ってもまったく収まることをせず、今でも全く変わりません。
ずっと、こんなひどい事故を起こした上に、たくさんの人を被曝させ、土壌や海を汚染して、なお責任も取らずにさらに原発を進めようとしている人たちに怒りを感じています。
それを見て何も感じない人たちに絶望しています。

このブログを始めたきっかけは、始めに書いたとおり、被ばくの危険を訴えてくださる他のブログさんに、あまりにどうしようもない意味の無い中傷や揶揄とも取れるようなコメントが多く入っているのを見たからです。

私自身は、前にも書いたとおり、この自分のブログに愛着を感じているわけではなく、ブログを通してつながることのできた方達との出会いに、ただ感謝するのみです。

私は、安全だ、安全でない、などの議論は、きちんと科学の裏付け(自分がこれはごまかしではないと思えるもの)があって、数字で語れる場合でしか、論じる意味が無いと思っています。
そして、少ない時間ではあったけれど、今までの経験とか自分で資料を読むなどして得た事を根拠として、ずっと感じ続けていることがあります。

それは、被ばくの危険性というのを、世の人達がなめきって考え過ぎている様に感じる、ということです。
ずっとその状態が続いていると感じています。

自分から見ると、世の中で多く見る議論は、あまりに論点を外しているように感じる物ばかりで、比較的脱原発寄りと言われている報道機関のものさえ、そう感じます。
やれ避難のストレスが、だの、人情論に絡めて、論点を外す。
そんなくだらない話をしているうちに、本来だったらいちばん守らなければいけない将来のある人のことが放っておかれて、くだらない所に人々の関心や予算が流れていく。
工夫で解決できるような、重要度の薄い周辺の問題点をあれやこれやできない言い訳にして、一番大事なところを論じないようにしている。

いろんな政党も、○○の会のような市民団体も、これ一つだけを信じていればすべての問題が解決するというところは無いと思うし、中には、それだけ見ていたら自己満足で終わってしまうのではないかと感じるときもあります。
そういう動画を見た時には、センチメンタルな音楽の使い方に、吐き気がしました。
そんな音楽をつける音楽担当者は気が狂っていると思いました。

このブログでは、自分が移住した先の穏やかな暮らしのこともよく記事にしてきたけれど、それは、よくネットで、「移住するなんてそんな苦労や辛さは自分には耐えられない」、などの意見を目にするから、そんなことは無いんだと気づいてほしかったからでもあります。

私は、事故があってすぐに移住を希望しました。
家族の反対にあい、説得に時間がかかったために、ずいぶん遅くなってしまいました。

体調悪化で、このままここにいたら、自分は何か重い病にかかって、死ぬんじゃないかと思いました。
いちいち、どんな体調だったかなんて書くのは大きな意味も無いと思い書きませんが。。。

だけどぎりぎりまで耐えたのは、被ばくに気を付けてほしいという私の願いを全く受け入れてくれないで、何か月もずっと咳をしながら、自分はまったく体調悪い所なんかないんだ!と言い張る家族を置いて行けなかったからです。

引っ越して、移住先の暮らしがだんだん日常になって、穏やかに幸せな気持ちになってゆくのと裏腹に、汚染のある地域に残る子供たちなどに関する辛いニュースが更に心にぐさぐさ刺さるようになりました。
自分の日常は、穏やかなのに、ニュースを見て夜も眠れなくなる。

私みたいに感じている移住者は、多いのではないかと思います。
自分の周りはとても満ち足りていくのに、ずっと辛い。
読んでくれる人は、勝手にしろよと思うでしょう、だけど、ここは私のブログだから自分目線でのみ書きます。

4年前に原発事故が起こって、私は被曝している人達を見ながら、もう自分には穏やかな楽しい音楽は演奏できないと思いました。
そして、ずっと音楽に身が入らなかったことは以前書きましたが、最近になって気持ちの変化が起きてきました。

とても極端な言い方になってしまうけれども、私は死にゆく人を横目に見ながら演奏をしよう、と思ったのです。

私の今の気持ちは、この一行に尽きます。

和ませたいわけじゃなく、現実を忘れさせたいなんてこれっぽっちも思わない。
感化させたいなんて思わない、そんな力も無い。

ただ、横で死んでいく人を見ながら、演奏してゆこう、そういう気持ちになった、というだけの話で、それだけが自分の力で4年かけてつかんだものなのでしょう。

そんな風に、死を意識しながら演奏をして、逆に、一瞬でも、生きているということが表わせたらいいなとも思っています。


この話題はここでいったんおしまい。


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