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人間として生まれて
2018/04/24 00:35 | 女性問題 | C:0 | T: 0
私はこの地球に、人間として生まれたんですよ。
誰も、生まれた時には人類にはAタイプとBタイプと(Cタイプと・・・)あるなんてはじめから知っている人はいません。
保育園に行く頃、なんとなく人類には大まかに見てAタイプとBタイプがあると知っても、それが自分にそんなに影響がある事だとは考えませんでした。
小学生になり、なんとなく自分と同じタイプの子供たちと仲が良くなることが多くなったとしても、まだみんな混ざって缶けりをしたりザリガニ釣りをしたりしていました。

「タイプ」を意識したのは、小学生の時の母の言葉でした。
「Pさん(近所の友人のお母さん)はずっと長く同じ会社に勤め続けているのよ、Bタイプだから会社で偉くはなれないけど。」
と母は言いました。
私は疑問に思って聞きました。「どうしてBタイプだと偉くなれないの?」
母は、「そういうものなんだよ」と言い、それ以上は聞いても何も教えてくれませんでした。
自分もBタイプです。
タイプによって、なんだか子供の将来は違いがあるらしいぞ。その時小学生の私は、なんだか自分にその時まで気付かなかったあざのようなものがあることを知ったのです。

母は「タイプ」を意識して子育てをする人だったようで、いつも私は「あなたはBタイプなんだからこうしなさい、ああしなさい」と言われていました。(それはずっと続き、例えば法事などの行事があると母は「年齢に関係なくAタイプの子は前に、Bタイプの子は後ろに行きなさい」と指定しました。進学にもAタイプの子供の進学は認めてもBタイプの子が同じ学校に行くのを反対したこともあったようです。Aタイプの子供には料理を教えませんでした。)
もちろん早熟な子供だったら、言われなくても率先して「タイプ」らしくしようとして、別のタイプの子と恋愛したりしたんでしょうね。
私はそういうのに鈍感だったし、「なぜ?」とすぐ考える子供だったらしく、いつも質問して常識派の母を困らせていたようです。

どうやら自分はBタイプということで、母が言う「Bタイプらしく」しないと世間ではまずいらしい。Bタイプだといつも意識して、引っ込んでいた方がいいらしいし、なんだかいろいろと気を使わないといけないらしいぞ。面倒くさいことになったな。そんな区別なければいいのにな。
と思っていました。もちろん料理などは子供のころから好きだったのでお手伝いはやる方だったのですが、それ以外の部分でいろいろとお互い大変だったのです。
とにかく自分は人間としてこれまで生きてきたのであって、世間で一般的に後回しにされる、少し劣った存在という位置づけのタイプであるというのは知りませんでしたから、相当ショックでした。
自分が人より優れているなんて思ったことは一度もありません、むしろ出来は悪かったです。
そうじゃなく、生まれつきBタイプだからこうしなければいけないと、母に激しく言われたことがショックだったのです。
確かに見まわしてみると、何かとBタイプよりAタイプの方が丁重に扱われている様であり、例えば自分が進学する予定の中学校をのぞいてみると、朝礼ではAタイプが前の方に、Bタイプが後ろの方に整列していました。Bタイプのほうがたいてい背が低いのに。

普通はみんな恋愛とかを経て自分の「タイプ」に納得したり反発したり、磨きをかけようとしたりするんでしょうね。
私もAタイプの人を好きになったりはしましたけど、見回せばBタイプでも素敵な先輩はいるし、人間の素敵さにはあまりタイプは関係ないような気もしました。

もう一つ、小学生時代に気づいた自分のあざ。それは自分も含まれる「有色人種」というものが白人に比べて不利な立場であり、差別というものがある地域があるのだ、ということ。
恐らくそれは父から聞いたのだと思います。
父は何度か海外に行っていました。そして、日本人は「名誉白人」と呼ばれているのだ、だからまあ少しはましなのかもしれないが、、、という様な事を最後に言っていました。
何しろ私が小学生の時の話ですから大昔の話ですがね。
私は自分がBタイプであることもなかなかに大変なのにその上さらにそんなものまであるのかと思ったらしく、すごく印象に残りました。
私は何故Bタイプだと世間で特定の枠を押し付けられている様なのかずっと疑問に思っていたのですが、そういう事に納得する答をくれる人は周りにだれもいませんでした。
当時、性教育みたいなことも学校でないに等しくて、更にうちの親もほとんど聞いても何も教えてくれませんでした。母は私に漫画を読むことを禁じていたので、たまに友達に借りる以外はそういうものからもなかなか情報が入ってこない状態でした。
友達に聞いても、ごく一部を除いて、疑問にすら思わないような人が多かったです。
そうしたら、当然のように、本を読んで答えを探そうとするでしょう。

高校生になって、本屋で「女性問題」の様なテーマの本を買って、その参考文献に書いてあったボーヴォワールの「第二の性」を買って読むことになるのですが。
隅から隅までおもしろく読みましたね。
そして、その中に出てくる「女性器切除」の話で激しいショックを受けました。(現在はFGMと呼ばれているらしいです)
割礼、なんていう生易しいものじゃないのです。
余談ですが、日本ではこういう事自体知らない人が多いみたいで、その後友人にこういう事があるの知ってる?って聞いてもよく本を読んでいる友達以外は知らないって言っていました。
しかも悲惨な女性器切除のメリットは女性にはまったく無いのに。
なんだか、Bタイプだっていう事は世界の中でも結構大変な事らしいぞ、、、私の膝はがくがくふるえていたのです、、、っていうのは大げさですけどね。

だけど、自分は人間なんだー!と、お天道様に両手を差し出して、さあこれからなにをしようかーと思っていたところにいろいろと面倒くさいことがあるということがわかり始めた状態でした。
この問題はその後もずっと続いたのですが、例えばある知り合いは実家がお寺だったのですがこんなことを言いました。
「仏教ではBタイプはAタイプより劣っているって教えがあるんですよ」 と、その人はその教えを信じており、自分のAタイプの配偶者に従っていました。
学生の時のAタイプの友人は「結婚するならAタイプを立ててくれるようなBタイプが良い」と言いました。
Aタイプは同じ人間なんだろ?なんで立てるの? おかしくない?その心理なに? とも思いましたし、誰も好き好んでBタイプ、Aタイプと選んで生まれてきたわけじゃないのに、なんかいろいろとおかしい。と、私は思っていたのでした。
テレビドラマを見れば、夫婦の会話はBタイプがAタイプに話す時だけが敬語だったり、、、バイト先ではAタイプ上司ばかりで、BタイプはAより能力が劣っていると上司は平然と言いました。

そして更に面倒くさいことに、通学路や電車の中で私は何度もAタイプからの痴漢にあったことがあり、この時の嫌悪感と恐怖は何十年経っても忘れられない程、思い出すたびに今でもむかむかします。
最近よくセクハラの事件があるとまた思い出し、何気なくこの記事を書き始めたのですが、私のような目立たない、よわっちそうな力もないやつはバイト中でも本当にひどい目に合うのです。
一度、音楽の勉強のためにと思い生演奏のあるレストランでウエイトレスの様なバイトをしていた時など、閉店時に酔った客に服の中に手を突っ込まれ、下着を引きずり出されました。
ぎゃーと叫びましたが、そういう下品な客はさっさといなくなります、慣れているのです。
店主の奥さんにそのことを話すと、「殴ってやればよかったのに」といわれました。
電車の中でもひどい目にあいました。
とにかく、自分の体は自分自身なのです。気持ちの悪い感触は何十年も消せないのです。
そんな身の毛もよだつようなひどいことを、しかも自分より力も強いタイプの人間にされて、反撃もできずに逃げられてしまった、、、なんて悔しいんだろう! 今からでも仕返しできるなら、後ろからバットで殴りたいです。何百回も思い出して苦しい思いをしました。

しかも私は音楽の勉強のために音楽関係の社会人サークルなどにもよく行っていたのですが、そういう所にも音楽の話をしながら暴力的に触ってくる、自分は上の立場だからそういう事をしてもいいと思っているらしいAタイプがおり、そういう所は懲りてもう2度と行きませんが恐ろしい思いをしました。
とにかく体力的にはAタイプにかなわないということ、どんな集団にでも中心部にいるのはたいていAタイプであること、何をするにしても必ず関わり合いにならざるを得ないこと。それは本当に肝を冷やす恐ろしいことで、私は「Aタイプ嫌い」になってしまったようです。
とにかく自分が信頼できると思ったほんの一握り以外は、Aタイプだと言うだけで恐ろしい、近づきたくない。

もちろんボーヴォワール以外も読みましたけど、「Aタイプに嫌なことをされてもこんな風に受け流せばうまくいく」なんてことが書いてあったとしてもなんでそんな恐ろしい嘘を自分につき続けながらそんな奴と一緒にいなければいけないの? という風に考えてしまう。

もちろん、信頼できる本当に素晴らしいAタイプの人間が自分の近くにいたから、だから自分は幸せなんだし、Bタイプもまんざらではないんだとも最終的に思っているわけですが。そして、素晴らしい人間はAでもBでもなんでもいいんだと。

私が大人になってから体験した様々な差別、例えば外国に行ったときに聞いたり感じた人種の問題などは、Aタイプ、Bタイプの問題の大変さに比べたらたいしたことじゃないような気もし、あまり気になりません。
また、差別で不当な扱いを受けている人がいたら、同情の気持ちが強いです。

世の中では、大人になってから人間と人間の無垢なお付き合い、というのはどうやらまれで、Aタイプなのか(Bまたは他タイプなのか)、他その人の色々な条件で相手への態度を決めている様なのです。
私は音楽に関わっていたから、まだそういうことに縛られない人づきあいができていたんだろうな、その点はきっと幸せだったのでしょう。

私は人間として生まれて、この体にこの脳みそを授かってなんとか考えつつ今まで生きてきたわけで、まず「Bタイプ」ではないんです。人間なんです。

この記事を読んでくださっている方がもしいるとして、その方がAタイプだったとしたら、もしBタイプに生まれていたらどうしますか?
自分でどちらに生まれるか選ぶことはおそらくできないんです。

私にはこう見えています。
私は自分で選んだわけではなく、Bタイプに生まれてしまった。このタイプが不幸だ幸せだと思う事とは別に、この様に生まれてしまった、だけど私はまず人間だ。

世間には同じ人間でもAタイプという、力はBより非常に強いのに若干暴力的で、許可なくBタイプの体に気持ち悪く触って傷つけたり侮辱する言葉を投げつけたりする人間が含まれる種類がいる。
たまたま自分がAタイプという体力的に強いタイプに生まれた事、Aタイプの性欲がBタイプとの接触で満たされる傾向がある事から、Bタイプの許可なく(Bタイプの人間としての気持ちにお構いなく)自分の要求を満たすために暴力的にふるまおうとし、それを悪い事とも思わない人がいる。(逆もあるだろう)

もちろん、信頼できて、人間として本当に素晴らしいAタイプもいる。だけど一見しただけではわからない。
もし自分が一瞬でも油断してAタイプから傷つけられることになったら体力差が大きいだけに本当に恐ろしい目に合うことは確かなことだ。(その点が、ひどいBタイプによる被害と違うところ)

日本では、Aタイプの偉い人、特に年配の人は自分はたまたまAタイプに生まれたことで考えないで済んでいること、もしBタイプに生まれていたら直面していた色々な問題のことを想像できていないんじゃないか。そう思う人がいる。(全部ではないが)

もう自分はだんだんと年取って、振り返って考えることもできるけど、若い頃のことを思い出すと、うひゃ―っていう事がいっぱいあって。
そんな思い誰もせず、一人の人間だっていうプライドを傷つけられることなく誰もが生きていけるようになってほしい。

私には男だ、女だ、というのは幻想に見えるのです。
その言葉でイメージされるもの、それは現実にはないものなんじゃないかな、と思います。
でっち上げて酔っている人とは距離を置きたいと思います。

あるのは、あなたという人間、私という人間、あなたが私を同じ人間として扱ってくれるか、または自分の要求を満たすために物やペットと同じように扱うか、ということだと思います。
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